日本人にとって、韓国語やスペイン語は学びやすい言語だと聞いたことはありませんか。
発音が似ているからとか、語順が似ているからとかいろんな理由を耳にします。
どうして学びやすいのでしょうか。
今回はこのことに関係のある有標性差異仮説についてみていきましょう。
有標性差異仮説とは?
有標性差異仮説とは、第二言語を学習する際に、第二言語が第一言語より有標であればその学習は大変なものであり、無標であれば、比較的容易であるというものです。
はい、よくわかりませんね。
まずは、有標、無標という言葉が何なのかを知る必要があります。
有標と無標とは?
まず、有標とは、クセが「有」るということ、無標はクセが「無」いということです。
例えば、日本語にはざっくり現代文と古文があります。
現代文と古文はどちらがクセがありますか?
多くの人は、古文にクセがあると思うのではないでしょうか。単語や文法など今では全然聞かないものがたくさんあります。
クセがない現代文はそのまま普通に読むことができます。
クセがないため、つまり無標のため、さくっと読み進めることができます。
一方で、クセのある古文は普通に読むのは難しいです。
クセがあるため、つまり、有標なので、さくっと読めないよと思ってしまいます。
このように、有標は、クセがあって理解が大変で、無標は、クセがなくてスルッと理解できるものと思っておきましょう。
まるで、毎日「お〜いお茶」を飲んでいる人が、たまたま「伊右衛門」と「午後の紅茶」を飲んで、「伊右衛門」のほうが飲みやすくてクセが少ないと感じるようなものです。
以前、下の記事で有標、無標の説明をしました。
もっと詳しく知りたい方は、読んでみてください。
では、言語習得における有標・無標の具体例を見て深めていきましょう。
有標・無標の例①
例えば、フランス語の名詞には、男性名詞、女性名詞のような性別を持っています。
ケーキなどを作る人という意味を指す男性形の「pâtissier(パティシエ)」と女性形の「pâtissière(パティシエール)」という使い分けがあります。
もちろん日本語には名詞の性別の形による分類はありません。
日本語でパティシエはパティシエです。(一般的にはですが。)
よって、名詞の性別という観点では、日本語話者にとってフランス語はクセがある、つまり有標であると言えますね。
有標・無標の例②
次は、英語と韓国語の語順について見ていきましょう。
英語は、基本の語順がSVOの語順タイプです。 ※S:主語、V:動詞、O:目的語
韓国語は、SOVの語順タイプです。ちなみに日本語もSOVのタイプです。
それでは、語順という観点で見ると、英語と韓国語はどちらが無標でしょうか?
そうですね。
韓国語の語順は日本語と同じなので、クセがなく無標だということになります。
反対に、英語の語順は、クセがあって有標だということになります。
有標・無標の例③
さらに次は、中国語と英語の発音について見ていきましょう。
有声音と無声音というものがありました。
有声音は[g]、[d]、[b]のような声帯を震わせて出す音、無声音は[k]、[t]、[p]のような声帯を震わせて出す音です。
日本語や英語にはこの有声音と無声音の区別がありますが、中国語には、この区別がないので、「カ行・ガ行」「タ行・ダ行」「パ行・バ行」が苦手だったりします。
よって有声音・無声音という点で見ると、中国語は日本語話者にとって有標であると言えます。
逆に、英語は無標であると言えますね。
ここでは、有声音と無声音はわかっていなくても大丈夫でしたが、気になる方は是非下の記事を参考にしてください。
結論
このように、有標無標を見てきましたが、
有標性差異仮説とは、第二言語を学習するとき、有標だと学びにくく、無標だと学びやすい言語であるという仮説です。
上記の例をもう一度持ってくると、日本語話者にとって、
名詞の性別という点では、フランス語は有標で学びにくい言語であり、
語順という点では、韓国語は無標で学びやすく、英語は学びにくい言語ということになり、
有声音、無声音という点では、英語は有標で学びやすく、中国語は無標で学びにくい言語ということになります。
※これは、あくまでたった一つの側面を切り取っているに過ぎません。たった1つの無標を見つけたから、その言語は簡単であるということではないので注意しましょう。無標の部分も有標の部分もあり総合的に判断をしましょう。
まとめ
<有標>
クセがあって、比べたときの違和感を感じる
<無標>
クセがなく、比べたときの違和感が少ない
<有標性差異仮説>
第二言語が第一言語より有標なら、その第二言語を身につけるのは大変で、無標ならそれほど難しくない
おわりに
最初に出した、スペイン語や韓国語が学びやすい正体がわかりましたか?
そうですね。日本語とくらべたとき、無標が多いからだということが理解できたと思います。
話は変わりますが、ヨーロッパの人は複数の言語を話せる人が多いと良く聞きます。
もちろん話す人口が多いということもあると思いますが、ヨーロッパの言語は、比べたとき無標であることが多いです。
例えば「究極」の英語は「ultimate」イタリア語では「ultimo」フランス語では「ultime」というそうです。(google翻訳による)
もちろんスペルがにているということは発音も似てくるでしょうし、似ている単語はこれだけではなく、他にもたくさんあります。
日本語はここまで無標が多い言語はないと思うので、外国語の勉強をするときは大変だと思ってしまいますが、逆に外国人からすると、日本語は有標だらけで、そんな日本語を選んでくれるということは非常にありがたいなと思います。
そんな人たちへ感謝を忘れないで、挫折させないような教師になれたらいいなあと思います。
参考にした本
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