さあ、今回は音声を勉強していると、最大の敵になりうる口蓋化について見ていこうと思います。
この記事は前提知識として、調音点、調音法、IPA(国際音声記号)の知識が必要です。
わかりやすく解説しているので、以下の記事を参考にしてみてください。
口蓋化とは?
まず例外に触れるためには、この口蓋化というものを説明しなければなりません。口蓋化は硬口蓋化とも言います。
口蓋化とは、イ段の子音を言うときに、イを発音するために子音の音に影響がでることです。
どういうことでしょうか。わかりにくいですね。
順番に説明していきます。
まずはその前に前提となる2つのことを押さえておきましょう。
前提①:日本語は子音と母音をセットで発音する
日本語は母音と子音とがセットになっていて、子音を発音してから母音を滑らかに発音します。
例えば、「タ」は子音の「t」と母音の「a」の2つの音からできていますが、日本語話者には、「タ」は2つの音だとは認識しません。
「タ」は「タ」で1つの音だと認識しますね。
それは、「t」と「a」の2つの音を滑らかに繋げて言うことで「タ」と聞こえているのですが、
実は2つの音を出しているということを押さえておきましょう。
前提②:普段の舌の位置は低い位置にある
普段リラックスしている状態では、舌は下顎にある状態ですから低い位置にあります。
わかりにくい人は舌を高く上げた状態でキープしてみてください。
きっとすごく舌が疲れると思います。
それは、普段舌は低い位置にあるからです。
アイウエオの舌の位置
さて、上の2つの前提が理解できたところで、口蓋化とは何なのかをみていきましょう。
まずは、口蓋化を理解するためには、母音の舌の位置を思い出す必要があります。
母音を出すとき、舌の高さはどのようであったか覚えていますでしょうか。
「ア」は低母音、「エ、オ」は中母音、「イ、ウ」は高母音でしたね。
つまり、
「イ、ウ」は舌を高く、「ア」は舌を低く、「エ、オ」はその間に上げる必要があります。
普段、舌は低い位置にあるので、低母音や中母音の「アエオ」のような母音は、舌をそこまで高く上げる必要はないため、子音を発音してから舌を上げて母音を発音しても十分間に合います。
しかし、高母音の「イ※」は高く舌を高い位置まで盛り上げなければならないので、子音を発音してから舌を高く上げていては間に合わないのです。
※口蓋化のお話なので、あえて「ウ」は除いてあります。
発音が間に合わない。だからこそ口蓋化
子音と母音を滑らかに繋げて発音をしなければならないのに、母音「イ」の発音が間に合わないということは、発音ができないということです。
じゃあ日本語では、みんなイ段の音を間に合わないので発音できません。おしまい。
というわけにはいきません。
間に合わないなら、何としてでも無理矢理間に合わせなければなりません。ブラック企業です。
じゃあどうやって間に合わせるのか。
それは、子音の発音が終わってから母音の発音に取り掛かるのではなく、子音の最中にもう母音の発音の準備をしてしまおうということです。
つまり、フライングです。
そうなってくると、子音を出すことと母音の準備で舌を動かすことを同時にやってますから、その影響によって子音の音が少し変わってくるということです。
「イ」は硬口蓋へ向かって舌が盛り上がることでしたので、これを(硬)口蓋化と言うわけです。
口蓋化の2パターン!
口蓋化は、イ段の音が間に合わないので、フライングによって子音の音が少しかわってしまうことは分かりましたが、実際にどのように変わるのでしょうか。
口蓋化には2つのパターンがあります。
①調音点が変わるパターン
歯茎音のように舌を使って発音する音は、子音を調音するために舌をたくさん動かしながら、イの準備も必要になるので、調音点が歯茎から1つ硬口蓋へずれた歯茎硬口蓋になります。
このパターンは調音点が変わってしまうくらいの大きな変化なので、IPA表記もまるまるっと変わってしまいます。
今はそうなんだと思うくらいで大丈夫ですので、例を見てみましょう。
[ ɲi ]、[ ɕ ]、[ ʑ ]、[ dʑ ] などがあります。
まったくみたことがない記号ですね。
②調音点が変わらないパターン
このパターンは、両唇や軟口蓋のように、舌をあまり使わないで発音するタイプの口蓋化のパターンです。
口蓋化によって、舌の位置がずれることにはずれますが、同じ調音点に収まるため、結局調音点は変わらないということです。
①のパターンはIPA表記は変なものに変わっていましたが、②のパターンは簡単です。
一応口蓋化されましたよということを伝えるため、jの記号を右上において使います。これが口蓋化の記号です。
例えば、 [bi] なら [bʲi] と表されます。
ですが、日本語では必ず口蓋化が起こることから、この口蓋化の記号(ʲ)は省略されることが多いので、結局同じIPA表記で書きます。
口蓋化とイ段の五十音
それでは、具体的に五十音でみていきましょう。
イ段のものを一気に見ていきます。
両唇音の [m]、[p]、[b]のイ段は、[mʲi]、[pʲi]、[bʲi]と表します。
軟口蓋音の [k]、[g]も同様に、[kʲi]、[ɡʲi]と表します。
ただし、先ほども書いたように、この「ʲ」の記号は書かれないこともあり、省略されていることも多いです。
つまり、「ミ、ピ、ビ、キ、ギ」は [mi]、[pi]、[bi]、[ki]、[gi] のように表されるので、難しくないです。
そうなると問題なのは、①のパターンの「調音点が変わるやつら」です。
調音点がかわるのは、歯茎を使う音でしたので、サ行、ザ行、タ行、ダ行、ナ行のイ段の音になります。
つまり、「シジチヂニ」です。
これらの子音は、口蓋化により調音点が硬口蓋へずれるため、歯茎から歯茎硬口蓋へと調音点が変わります。
ただし、弾き音のラ行の「リ」はこれに当てはまらないです。調音点は変わらないので、[ɾʲi] と表します。
調音点が変わると、音の質もかなり異なるので、「j」の記号では表せず、全く異なる記号を使わなければなりません。それが僕が例外として扱った理由です。この記号の意味がわからずに挫折してしまうのです。
よって、この新しい記号をしっかり確認しながら、勉強すれば負担は減ると思います。
さて、具体的にみていくと、
ニ
「ナヌネノ」は有声音、調音点は歯茎、調音法は鼻音でした。
ですが、「ニ」は有声音、調音点はズレによって歯茎硬口蓋になり、調音法は変わらず鼻音となります。
ここで変わったのは調音点だけで調音法などは変わっていないことを意識しておきましょう。
IPA表記は [ɲi] となります。
「ɲ」
「n」の左足からニョロニョロがでています。これが口蓋化された表記になります。
ニョロニョロの「ニ」と覚えるといいかもしれません。
シ
「サスセソ」は無声音、調音点は歯茎、調音法は摩擦でした。
ですが、「シ」は調音点のずれによって、無声音、歯茎硬口蓋、摩擦音になります。
こちらも、変わったのは調音点だけで、他は変わっていませんね。
記号で、[ɕ]となります。
「ɕ」
「c」のような記号にくるんと丸くなっています。
ジ(ヂ)
ジとヂは基本的に同じ発音なので、同時に扱います。
「ザズゼゾ」は使われる位置によって、調音法が2種類ありました。
「ザズゼゾ」が、語頭か「ン」や「ッ」の後にないとき、有声音、調音点は歯茎、調音法は摩擦音でしたから、
「ジ」も同じ条件のとき、有声音、調音点は歯茎硬口蓋へと変わり、調音法は変わらず摩擦音となります。
記号は [ʑ] となります。
「ʑ」
[z]の最後がくるんと丸まっています。
また、「ザズゼゾ」が語頭か「ン」や「ッ」の後のとき、有声音、調音点は歯茎、調音法は破擦音でしたから、
「ジ」も同じ条件のとき、有声音、調音点は歯茎硬口蓋へとずれ、調音法は変わらず破擦音となります。
記号は[dʑ]となります。
「dʑ」
これも先ほどと同様に最後が丸くなっています。
チとツ
タ行は例外でこれまで「チ」だけでなく、「ツ」も触れてきませんでした。
ここでは、「チ」だけでなく、「ツ」も扱います。
まずは「タテト」を思い出しましょう。
「タテト」は、無声音、調音点は歯茎、調音法は破裂音でした。
注意しなければならないのは、このまま「チ」は無声、調音点は歯茎硬口蓋、調音法は破裂音だと思ってしまいそうですが、
「タテト」はローマ字で「ta、te、to」と書きますが、「チ」は「chi」と書くように、そもそも特別な音なんです。
「ツ」も同様で、「tsu」と書くように特別です。
ですから、覚えてしまいましょう。
「チ」は無声音、調音点は歯茎硬口蓋、調音点は破擦音です。
「ツ」は無声音、調音点は歯茎、調音点は破擦音です。
破擦音というのが特別です。押さえておきましょう。
「ツ」はイ段の音ではないので、口蓋化は起きていません。ですから調音法の破擦音だけが特別です。
「ツ」は破擦音ですから、破裂音を表す 「t」と摩擦音をあらわす「s」を組み合わせた [tsɯ] がIPA表記となります。
「チ」も破擦音なので、破裂音の「t」と、摩擦音「s」を使いたいところですが、口蓋化によって調音点が歯茎硬口蓋に変わっていますから、記号も完全に変わって [tɕi] と表します。
先程、「シ」のところで、口蓋化したら、「ɕ」を使うことを見ました。「ɕ」は摩擦でしたから、
破裂音の「t」と口蓋化された摩擦音の「ɕ」を使って、[tɕi] と表記するんですね。
ちなみにどうして「チ」「ツ」は特別に破擦音なのかは、実際に発音してみれば分かります。
破裂音のまま「チ」と「ツ」を発音しようとすると「ティ」「トゥ」のような音になってしまいます。
破擦音で発音しなければ、「チ」「ツ」にはならないんです。
ヂとヅ
ダ行の「ヂ」と「ヅ」は「ジ」と「ズ」と音が同じですから、「ジ」と「ズ」と同じ記号([ʑi][dʑi][zɯ][dzɯ])を使います。
ちなみに
もしかしたら気付いた人もいるかもしれません。
高母音は「イ」と「ウ」の2つあるにもかかわらず、「イ」の口蓋化しか扱いませんでした。
「ウ」は影響はないのかと思ったかもしれません。鋭いですね。
実は「ウ」段の音も口蓋化のように影響しています。これは中舌母音化と言いますが、これは省略されていることが多いため、
検定試験においては、書いていない参考書も多く、特に気にしなくてもいいかもしれません。
まとめ
口蓋化
イ段の発音準備のために、直前の子音が影響を受けて調音点がずれてしまうこと。
・特に影響を受けて、調音点が歯茎硬口蓋になってしまう音は
「ニ」「シ」「チ」「ジ」
※ ジヂズヅが「語頭」か「ン」「ッ」の後のときは、①破擦音。それ以外のときは、②摩擦音 になります。
おわりに
今回は長くなってしまいました。
口蓋化には、見慣れない記号がたくさん出てくるので、しっかりわかるようにしましょう。
この調音点が変わる音のIPA表記は、すべて見慣れないような記号でした。僕が検定試験について何も知らない時にはじめて過去問を解いた時にかなりの確率で最初の問題に登場していて本当に訳がわからなかったのを覚えています。最初の仲間外れを見つける問題です。
さて、あと残すのは「ヒフ」の二つと「ン」です。
「ン」は少しボリュームがあるので、次回は軽めに「ヒフ」について見ていきたいと思います。